COLABORAジャーナル

岡部学長インタビュー(前編)ネット活用が拓く教育の未来

大学は、厳しい状況に立たされてはいますが、大きな期待を担ってもいます。少子化で学生が減るために経営が圧迫され、学生も就活に苦戦する時代が続いていますが、その一方で、国際競争力の源泉としての教育への期待はますます高まっています。インターネット活用は、このような時代の要請に応えるポテンシャルを持っています。アメリカでは「オープン教育」と称されるネット活用の大胆な実験がここ2年ほどの間に大きな展開を見せ、日本でも報道されるようになって来ました。放送大学の岡部洋一学長はこのような動向にも通じていて、また放送大学という遠隔教育機関ならではの経験や視点もお持ちです。日本で教育機関がネット活用を試みるにはどうすればよいか。コラボラの主宰者メンバーである国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)の渡辺主幹研究員が話を伺いました。

岡部洋一(放送大学学長)

東京大学大学院工学系研究科電子工学専攻博士課程修了(工学博士)。専門は電子工学、特に超伝導エレクトロニクス、ブレインコンピュータ、脳磁場の逆問題解析。東京大学先端科学技術研究センター長、東京大学情報基盤センター長、東京大学名誉教授。2006年より放送大学教授、副学長、2011年5月から放送大学学長。

渡辺智暁(国際大学グローバル・コミュニケーション・センター)

国際大学GLOCOM主幹研究員。Ph.D.(インディアナ大学テレコミュニケーションズ学部)。専門は情報通信政策と情報社会論。米国の通信インフラ政策、ICTとメディア・コンテンツ産業の変遷、著作権関連政策などを研究する。東京大学、聖心女子大学非常勤講師。NPO法人コモンスフィア(旧称クリエイティブ・コモンズ・ジャパン)常務理事。

岡部学長インタビュー(前編) ネット活用が拓く教育の未来

加速する教育のネット活用と「オープン化」

渡辺

アメリカでは教育のためにネットを活用することが盛んです。日本がこれから超高齢化社会に入っていくなかで、経済の高度化や文化の維持ためにも、インターネットで学ぶという選択肢があることは重要だし、日本の大学の競争力を上げるためにも、オンライン教育は推進のツールになるはずです。

岡部

実は、放送大学はそういう目的で設立されました。当時として最適な媒体は放送でしたが、いまならインターネットでしょう。入学試験がないし、番組さえ見ればいいので、社会人にとって使いやすい。当初は学位を持っていない人が対象でしたが、いま45歳以上の放送大学の学生に聞くと、半分以上が学位を持っていて、1割の方が大学院を卒業しています。

渡辺

きっと国の平均値より高いですね。

岡部

ええ、学ぶ意欲が高い方たちが入ってきています。ボランタリーな活動をしている方も4割以上いて、いろいろな意味で積極性のある人たちが利用しています。ほかの大学も社会人に対してオープンにすれば、そういう積極的な人がたくさん入ってくるはず。日本の大学は若者だけに偏っていますが、海外の大学は社会人がもっとたくさんいます。

岡部学長インタビュー(前編) ネット活用が拓く教育の未来

オンライン授業へのチャレンジ

渡辺

アメリカでオンラインの無料授業、MOOCsを提供している知り合いの先生に聞くと、「まだモノになるかは全然わからないが、乗り遅れないためにみんな実験している」という返事でした。こういう動向を研究している先生とも話をしましたが、だいたい同じ意見でした。

岡部

MOOCsに対しては、私はいまのところ懐疑的なところがあります。先生方が一所懸命、教材をつくって授業をしても、何も対価を得られないということになると、大学はやっていけません。何らかの収益が得られたとしても、人気のある一部の先生さえいれば、他の先生は要らないということになると、大学としてどうなのか。そうすると かなりの先生が職を失うことになります。大学にとってかなり影響の大きい話です。

渡辺

確かに、大学の雇用に対しては大きな影響を持つかも知れませんね。ただ、講義は講義のうまい一部の先生のネット授業に任せてしまい、教室では議論をするというような、いわゆる「反転教室」方式の教育が注目されるようになるなど、先生がいることの価値を別の形で確保し、よりよい教育を目指す動きも見られますね。

岡部

ただ日本では、聞くだけの講義がそのまま受け入れられてしまうような気がします。つまり、日本の普通の大学でも、学生は講義を聴いているだけで、先生とコミュニケーションをとらない。最近は小中学校の授業でも質問の時間を限ってしまって、先生と生徒が双方向に話をするような時間をどんどん減らしている。講義中は聴いているように、質問があったら指定された時間にするように、という具合です。小中学校からそうなので、大学生になると、先生がいくら双方向性の高い授業形式を採用しようと思っても乗ってこない。質問してくるのは留学生だけ(笑)、という事態になっている

渡辺

講義ノートを10年間変えないような先生もいるわけですし、社会にとって何が大切か、公益が何かを考えると、先生方にきちんと自分の価値を高める努力をしてもらうためにも、ネット授業を活用して、忙しい人でも、遠隔地の人でも素晴しい先生の授業を聴けたり、授業時間をもっと議論や質疑に有効に使うために工夫したりするほうがいいような気がしますが。

岡部

放送大学にはいろいろな制限があります。授業は、放送で何パーセント、面接授業で何パーセントしなければならないとか、先生の数も国の定員削減に従わなければならないとか。こうした制約を全部取り払って、ビジネスとして収益があれば科目を増やしていいという話になれば、いまは教養学部だけですが、インターネットを使って全部の学部をつくることもできます。インターネットの授業も、最近やっと許可が降りて、それで科目数を増やすことができそうな状況になってきました。

渡辺

規制に阻まれて学習者の利益を最大限に考えたアクションがとれない、というのは日本にとってもよくない状態ですね。

岡部

放送大学は国から補助金をいただいているので、こうした制約は容易にはなくならないでしょう。

渡辺

日本で予算や人数の制限のためにMOOCsを実験的に使ってみることもできないということになると、イノベーションを起こしにくい環境になっているということですか。

岡部

まさにその通りで、いろいろな規制や制約が絡んでくるので、放送大学に限らず、日本は凋落してしまっている。

渡辺

ある意味で時代に乗り遅れてしまっている。

岡部

時代に乗ろうとしても、そういう人たちが頑張れないようなシステムになっています。そうはいっても、放送大学も東大、京大と同様にMOOCsに近いものを実験的につくろうとしています。

渡辺

資源はたくさんお持ちですよね。

岡部

現在すでに、放送大学の学生に限ってですが、放送授業の80パーセントをインターネットで流しています。来年からはこれが100%になります。

岡部

MOOCsというと新しく聞こえるけれど、ネットを使った授業は10年以上前からありました。いま騒がれているのは、タイミングがいいからでしょう。放送大学は30年前から放送でコンテンツを流していますから、後追いという感じはないです。

渡辺

実験的にインターネットにも進出されているということを聞いて、心強く感じました。

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